遠い記憶

今まであったものが崩されることほど、辛いものはないですね。


人はとかく、いつも同じようにある存在にはあまり興味を示さなくなるもの。いつも同じ食事を食べていると飽きてしまうように、いくら人とて飽きられてしまうこともあるでしょう。もちろんそんな一義的なものではなくて、感情があるからこそ千変万化する。だから人は飽きないのだろうなと思いますが・・・。


いつもいて当たり前の存在が、失われることで。悲しみを初めて覚える。それはそう、人が亡くなるときのように。老衰でも事故でも、いて当たり前の存在がいなくなることで、ぽっかりとした穴が開いてしまう。それを寂しさというのでしょうか。


心があればそれも重々しく感じられるものの、それを頑なに、感情を抑え続けるとどうなるのか。おそらく麻痺してきて、どういう表情をしているのかすらもわからなくなってしまうのでしょう。私は、そんな人にはなりたくないから。むき出しというわけじゃないけど、素直に表現したいですね。


表現できなくなってしまうと・・・。今まで積み重ねてきた思い出なども、すべて夢の如く。夢幻泡影という熟語の通り、もろくはかないものとなるのでしょうね。人によっては、それで忘れる方が幸せなのかもしれない。私は、そういった器用なことができないから。まともに食らって、分析のあれではないですが、汗と涙で、じっくり自分の糧にしていきます。


永劫回帰になるのかはわからないです。でも、楽しい思い出は永遠だと思ってます。相手が忘れようと、私は忘れない。それこそが、生きている証だと思いますから・・・。



昨日はマコさんと夜更けまで電話してました。ラベの声はいかがでしたでしょうか? 想像通りか、意表を突かれたか。それは人それぞれですが、ユニで遊ぶときはめいっぱい楽しもうね。Xbox持っている人だけしか会話はできないのでしょうが、その分楽しめるようにこちらも振る舞いたいです(^^)


2006年7月21日 21:20 | 投稿者:Lavendy

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